1973年、渋谷パルコ誕生。街のデザイン化を図り、新しい消費を提案。
のちに渋谷PARCOが建つ「公園通り(当時:区役所通り)」の周囲は、坂の上に国立代々木競技場、渋谷公会堂が建ち、途中にはサブカルチャーの拠点となる小劇場・渋谷ジアン・ジアン、山手教会(正式名称:日本基督教団東京山手教会)などが点在し、代々木から青山、六本木に延びるエリアには外国人居住地がある、文化とロマンティシズム、そしてインターナショナルの香り漂う場所でした。
渋谷パルコは、開業にあたり渋谷PARCOを単なるウェアを買うためのショッピングの場と考えるのではなく、ストリートの特徴を活かした、新しい時代の消費者にふさわしい、周辺の環境整備に取り組みました。
目指した環境は、自由な自己表現として開花させるため「見せる場、見せられる場」、渋谷PARCOの開業広告キャッチコピーは、「すれちがう人が美しい ~渋谷公園通り~」でした。「区役所通り」から「公園通り」と名を変えた坂道に、渋谷PARCOは、スズランを模した美しい街灯や街路樹を配し、花を植え、電話ボックスさえおしゃれにつくり変えました。
生活が豊かになるにつれ、欧米のライフスタイルに対する憧れや思想が、日本人の価値観を大きく変える時代を見据えた、渋谷パルコの街づくりは、その狙い通り多くの若者を「公園通り」に引きつけることになります。
渋谷PARCOオープン/公園通り誕生
アートディレクター石岡瑛子による渋谷PARCOオープン広告。情熱的な赤いドレスをまとった力強い女性とシンプルアな白いシャツを着たソフトな男性を対照的に表現した広告は、これまでの男女の役割や、価値観が変化しつつある時代感を捉えたものだった。
オープンからの1カ月間、原宿表参道から渋谷PARCOまで、クラシックな馬車にお客様を乗せて走らせるイベントを実施。街全体を巻き込んだファッションを楽しむ環境整備を行い、自己表現を楽しむ場所と機会を提供した。
見せる場、見せられる場を創る。1Fエントランスに、ホテルのサロンのようなカフェ「カフェドラペ」がオープン。外からカフェの奥までがよく見通せる大きな窓ガラスを張り巡らせ、カフェでくつろぎ楽しむ姿を演出した。
渋谷PARCOが新しい文化圏を渋谷で形成する上で核となる施設として西武劇場(現PARCO劇場)が誕生。気鋭の舞台人らによる刺激的な作品をパルコがプロデュース・発表した。写真は1974年~88年まで16シリーズ上演された大ヒット作品『SHOW GIRL』。
読者参加型カルチャー雑誌
『ビックリハウス』創刊
タウン誌として出発した『ビックリハウス』は、読者参加型の誌面づくりが人気を呼び、カルチャー雑誌として成長。当時、人気を博した、一般から募ったパロディ作品を審査する展覧会『日本パロディ展』(写真)も誌面の人気企画から生まれた。
「スペイン坂」誕生
渋谷PARCOパート1の裏から「井の頭通り」へと下る坂道。1974年に渋谷PARCOで『イタリアンフェア』を開催した際、「イタリアがあるならスペインもあってもいいんじゃないか」という発想が基になり、「スペイン坂」と名づけられた。
渋谷PARCOパート2オープン
ファッションの細分化が進む中、ニッチで個性的なファッションへのアプローチとしてDCブランドの集積フロアが作られた。セール時には多くの男性が並び、男性のファッションへの意識が高まっていった。
雑誌『アクロス』創刊
PARCOのファッションとカルチャーのシンクタンク組織「ACROSS」によるマーケティング冊子。当時はPARCOに出店するテナントのオーナー様向けマーケティング冊子『パルコレポート』(1974年)から始まり、その後、1993年に「流行観測アクロス」、2000年にウェブマガジン「ACROSS」として展開。数々のマーケティング資料は貴重なデータとしてパルコの店作りに活かされているほか、外部企業や大学などの共同研究へやコンサルティングなどに発展している。
「人並み」から「差別化」へ、消費の個人化・多様化が進む。
政治経済が安定期に入り、生活が豊かになるなかで、人々は「人並みのモノを持ちたい」から「人とは違うモノが欲しい」という差別化への欲求をもつようになります。その欲求が、人々の消費活動の個人化・多様化につながり、それに呼応するように、モノも多様性に富んだ商品が次々と市場に送り出され、消費されていきました。
ライフスタイルマガジンも続々と登場し、ライフスタイルのファッション化が進むなか、渋谷PARCOでは、今後人々の「こだわり消費」が増えていくと考えました。1975年、渋谷PARCOは渋谷PARCOパート2を開店し、DCブランドの集積フロアを設け、ニッチで個性的なファッションのアプローチを行いました。さらに1981年には、スポーツ、サウンド、インテリア、雑貨などを集積し、暮らしを豊かにするライフスタイル提案型の渋谷PARCOパート3を、1983年には、男性のこだわり消費に向けた場SR6を開店。より人々の感覚を刺激する多様なライフスタイルの提案を強化していきました。
日本グラフィック展
/日本オブジェ展スタート
イラストレーターとフォトグラファーの人材発掘を目的に1980年「日本グラフィック展」がスタート。その後立体作品を公募する「日本オブジェ展」も始まる。
初期の審査員にはアートディレクターの浅葉克己、アーティストの栗津潔、フォトグラファーの操上和美、イラストレーターの山口はるみなどが名を連ね、受賞者には日比野克彦、大竹伸朗、タナカノリユキ、ヒキタクニオなど世界で活躍するアーティストを多数輩出している。
アクロス定点観測スタート
毎月、渋谷、原宿、新宿で同時に実施しているフィールドワーク。流行の「先が読みにくい」と言われ始めた時代、テナントの売上分析に加え、街の主役である「消費者」をミクロな視点から研究しようと考案された。
渋谷PARCOパート3オープン
スポーツ、サウンド、インテリア、雑貨などを集積し、暮らしを豊かにするライフスタイルを提案する館、渋谷PARCOパート3がオープン。アフタヌーンティーを楽しむイギリスのライフスタイルを提案した「アフタヌーンティールーム」の1号店が出店したのも渋谷PARCOだった。
SR(ショールーム)6オープン
自動車やバイク、オーディオ、映像機器など男性のこだわり消費に向けたメカニック、ハードの提案の場としてSR6が登場。ル・マン24時間レース優勝を記念したモータースポーツフェアやアンティークバイクの展示・即売会などを行った。
PARCO劇場に改称
パルコギャラリーオープン
渋谷PARCOパート3オープンと同時に多目的スペースとして「スペース・パート3」が誕生。映像、パフォーマンス、展覧会など、国内外の新しいカルチャーの発信拠点として機能した。以降、パルコギャラリー、パルコミュージアム等、アート企画、イベント企画スペースが登場していく。
渋谷クラブクアトロオープン
個性的なライフスタイルを求める若者たちの嗜好の変化を捉え、ニューカマー、サブカルチャーの新鋭などが次々とステージに登場する渋谷クラブクアトロがオープン。オーバーグラウンドとアンダーグラウンドのつなぎ目の役割を担う。写真は1996年~2008年のエントランスの様子。
フリーペーパー『ゴメス』創刊
クリエイティブな個の発信、渋谷を拠点としたストリートの成長。
1980年代に起きた渋谷PARCOを拠点とした渋谷の街のメディア化は、新しい情報、新しいカルチャーを街に集中させていきました。さらに、自由でクリエイティブな街の空気と相まって、高感度な人々も集中。なかでも音楽に関しては、個人経営の高感度レコードショップに加え、1990年にHMVがオープン、1995年にはタワーレコード渋谷店が移転し世界最大規模のメガショップを構えるなど、渋谷を世界有数の音楽の街へと押し上げます。また、アートシーンでは国内外のアンダーグラウンドカルチャーが渋谷に集中し、クリエイティブでオシャレなライフスタイルを求める人々が集まり、「渋谷系」という言葉が生まれるほど個性豊かな街へと変化していきました。
渋谷を基点としたストリートも発達し、「裏原」と呼ばれる明治通りから原宿に向かうキャットストリート、ファイヤーストリートには、セレクトショップをはじめ多くの路面店が軒を連ね、代官山には、高感度なセレクトショップが登場。まさに、渋谷を中心としたエリアは、ストリートカルチャー成長期の時代を迎えました。渋谷のストリートファッションが、海外からも高い注目を浴びるようになったのもこの頃です。
1980年代後半~1990年代にかけて、渋谷PARCOはクリエイティブに変化する渋谷の個性をリードする展開を強化。1988年にライブハウス渋谷クラブクアトロを、1999年に単館系映画館シネクイントをオープン。以降も、アート、映画、書籍と文化の情報発信拠点を増やしていきます。また、ファッションにおいては、上質なカジュアル、平成ファッションを浸透させていきました。
渋谷PARCO本館リニューアル
営業時間延長
パルコブックセンター
/ロゴスギャラリーオープン
高感度セレクトブックショップ、パルコブックセンターがオープン。クリエイティブ嗜好の高い人たちに向けて、アート、カルチャー専門誌や洋書を充実させた。隣接部にはロゴスギャラリーを併設し、アンティークブックの展示・販売や、マニアックで学術的な企画展、出版記念と連動した写真展などを行った。
アーバナート展開始
『日本グラフィック展』からスタートした公募展は、立体作品を公募する『日本オブジェ展』へ派生。1992年に2つを統合した『アーバナート展』がスタートした。地方審査も行い「アートの甲子園」とも呼ばれるように。20年間の総応募数は62,774点にのぼる。
渋谷スペイン坂スタジオオープン
「スペイン坂」を上った渋谷PARCOパート1の1Fに、東京FMのサテライトスタジオとして渋谷スペイン坂スタジオを開設。ガラス張りの公開スタジオには出演する多くのゲストが登場。ビッグネームも数々登場し、一目見ようと代々木公園へ向かう道までファンが並ぶこともある。
シネクイントオープン
実験的な映像作品の公開などを行っていたスペース・パート3を引き継ぐ形で「世界中のエンタテインメントを提供する」ミニシアター、シネクイントが渋谷PARCOパート3にオープン。こけら落とし作品の『バッファロー'66』が大ブームを引き起こした。
イノベーティブな街「SHIBUYA」から起きる、モノやコトのフラット化を予見。
個人が情報を容易に収集できるインターネットの普及は、それまでのマスマーケティングで情報やトレンドが拡大していく時代から、パーソナルな情報発信がトレンドをつくりだす「個の時代」へのシフトを後押ししました。情報のフラット化は、人々の価値観や意識も変えていきます。また、クリエイティブの世界もフラット化が進みます。活動領域を規定しない、マルチに活躍するジャンルレスなアーティストが登場し、1990年代はアンダーグラウンドだったカルチャーや、新世代のクリエイティブ視点が、消費者の共感を呼ぶようになります。
IT系起業家のホームグラウンドとして多くの企業がオフィスを構えるようになった渋谷は、これまでのストリートカルチャーのイメージからさらに、イノベーティブな場所として捉えられるようになります。また日本のストリートカルチャーの総本山として「SHIBUYA」が注目され、渋谷で日本のカルチャーを楽しむ外国人が増えてきたのもこの頃からです。
ストリートカルチャーが次々と生まれる個性的な街からさらに、イノベーティブでインターナショナルなイメージが加わった渋谷で、国、世代、性別、常識を越えた価値観の融合が進むことで、あらゆるモノやコトがフラット化し、ボーダレスになっていく。渋谷PARCOは、その時代の潮流をいち早く察知し、2000年代以降の取り組みにつなげていきました。
開業30周年に際し、渋谷PARCOは、新しくかつ多面的な価値観を持つ世代に向け、ハード・ソフトともに大きなイノベーションを図りました。2002年春に、渋谷PARCO全体のゲート的な役割を果たす渋谷ZERO GATEをオープン。2000年頃から渋谷PARCO全体のリニューアルを図ると共に、カルチャーをミックスさせる数々の実験的な取り組みを行いました。
渋谷PARCO全館大改装
「パルコ公園通りルネッサンス」
あらゆる価値のフラット化によりファッションでもエイジレス化が進む中、2000年頃から2003年の開業30周年に向けて、「公園通りルネッサンス」をテーマにした大改装を実施。高感度な消費者に向けて、より積極的なライフスタイル提案を行った。
メインエントランス刷新
飲食物販の複合ビルZERO
GATEオープン
「スペイン坂」の入り口に高感度ライフスタイル提案ビル、渋谷ZERO GATEをオープン。
国内外のハイセンスファッションや雑貨を提案するセレクトショップ、コンセプトカフェ・レストランをオープンさせるなど、渋谷の昼と夜を楽しめるビルとした。
パルコミュージアムオープン
渋谷PARCOパート3・7Fアートスペース、パルコミュージアムがオープン。スペース・パート3、パルコギャラリーのコンセプトを引き継ぎ、国内外の熱気あふれるアートシーンを紹介。展覧会の中でも看板コンテンツのひとつとして、数々のフォトグラファーの写真展を実施。パルコミュージアムのこけら落としはフォトグラファーの巨匠篠山紀信による写真展だった。
パート3全面リニューアル
30周年大改装のひとつとしてパート1に続き、パート3も大きくリニューアル。東京初登場のショップを含む全 80 店舗がオープンし、各階ごとの異なったコンセプトに基づきファッション、雑貨、インテリアを展開。20~30 代をターゲットとした「ファッションスタイルライブラリー」「シブヤエレガンスカジュアル&セレブリティスポーツスタイル」をテーマに10代を卒業し、コンサバティヴなファッションスタイルだけでは満足できない多くの女性に向けた提案を行う。また上層階は1フロアを使ったパルコミュージアムをオープン。映画館シネクイントと共に文化発信を強化した。
若手デザイナーの取り組みを
積極的に紹介
ファッションを劇場的な演出で見せるシアタープロダクツの初の直営店が、2004年渋谷ZERO GATEにオープン。2007年には、パルコミュージアムに実際のアトリエを移転し、現場を公開するユニークな展示『シアタープロダクツの現場』を開催した。
「洋服というカテゴリーにとらわれず、居住空間や日常生活の時間を豊かにする」ことをコンセプトにするミントデザインズが、秋冬コレクションをパルコブックセンターで開催。書棚を女の子のシルエットを印刷した本でジャックしショーを行った。
価値観のフラット化が加速するなか、あらゆるものが共存していく時代に。
スマートフォンなどのデジタルデバイスとそれに伴うSNSの普及は、消費者の情報の捉え方、人とのコミュニケーション、そして行動を大きく変えていきました。顔を知らない者同士であっても、コミュニケーションが図れるインターネットの世界では、あらゆる価値観が許容され、幾層もの価値観がぶつかりあうことなく融合し、コミュニケーションのフラット化が起きています。
そして、膨大な人がぶつかることなく行き交うことから、海外の人々を驚かせている渋谷のスクランブル交差点。その様は、「カオスの中に秩序がある」とも言われ、その注目ぶりは、まさにフラット化した社会ならではの現象といえるでしょう。
渋谷PARCOでは、2000年代初頭からはじまった価値観のフラット化に加え、あらゆるものを許容しながら人々が共創する時代を見据えています。現在の渋谷PARCOパート1は、1Fに国内気鋭のファッションブランドが並び、6Fはアニメなどポップカルチャーを集積したシブポップフロアにするなど、ビル全体をあえて混沌とさせ、まるで渋谷の街を凝縮したような体験の場を志向しています。フラット化した社会を表現している渋谷PARCOの館内では、さまざまなカルチャーコンテンツを掛け合わせ、新たな化学反応が驚きと楽しさを提供する仕掛けをつくっています。
また、情報コミュニケーションの変化を受けて、多くの企業でITを活用したオムニチャネル戦略が進められています。パルコのホームページ等の情報アクセスも、7割以上がスマートフォンからとなる中、情報価値の変化を見据え、ITを活用した実験的な取り組みを積極的に行っています。
『シブカル祭。』スタート
事業基盤として「インキュベーション」を掲げているPARCOならではの取り組み、女性クリエイターの祭典『シブカル祭。』がスタート。毎年、渋谷PARCOを舞台に、次世代を担う100名以上の女性クリエイターが思い思いの表現を発表してきた。
マイクロファンド
「FIGHT FASHION FUND」設立
1口3万円の「小額出資」と「仲間づくり(ファンづくり)」を通じて、次世代を担うファッションデザイナーの事業成長を応援するファンクラブ型の出資スキーム、「FIGHT FASHION FUND by PARCO」がスタート。
次世代を担う才能を持っていながら、十分な資金や顧客、ビジネスパートナー、事業機会などを持たないファッション事業者の事業成長支援を実現し、ジャパン・ブランド、ジャパン・ファッションの活性化を目指す。初年度は2ブランドの事業成長支援を実施した。
パート1・6Fにアニメ・ゲームカルチャーフロア「シブポップ」オープン
渋谷PARCOパート1の6Fに、アニメ、ゲーム、サブカルチャーに特化したシブポップフロアを導入。オタク的なイメージはなく、ファッションもカルチャーもフラットに楽しむ女性や、日本のサブカルチャーを支持する海外からのお客様が多数訪れる。
自主編集ショップ
「ミツカルストア」オープン
PARCO初の自主編集ショップ。小規模ながら、こだわりのモノづくりをしている国内外の工房や若手デザイナーの作品を展示、販売する。現在では約300もの企業、個人とのネットワークを生かし、コラボレーション商品の開発・販売なども展開している。
Chim↑Pom展開催
若手アーティスト集団Chim↑Pomの個展は渋谷の街をテーマに店頭に巨大バルーンのごみ袋を展示。外壁のPARCOロゴも作品として期間中取り外しパルコミュージアムに展示した。
渋谷パルコ40周年記念企画
渋谷PARCO40周年を記念した展覧会を実施。
『シブパル展』ではこれまでさまざまなパルコのクリエイティブを手がけたクリエイターの方々がコラボレーションした作品を展示し、話題に。また40周年を記念し、マガジンハウスより、「Casa BRUTUS Extra Issue 渋谷パルコは何を創ったのか!? ALL ABOUT SHIBUYA PARCO」が発売される。
パート1メインフロアテーマ強化
渋谷PARCOパート1のメインフロアは、インキュベーションを強化し、国内外で精力的に活動する日本の若手デザイナーなど気鋭のデザイナーのショップを中心に集積。また、老舗ブランドの革新的なショップも展開。写真は、パリコレクションでも活躍している若手デザイナー高橋盾のブランド「アンダーカバー」のコンセプトショップ1号店「マッドストア アンダーカバー」。
人気キャラクターをモチーフにした
コラボカフェ「THE GUEST」オープン
人気キャラクターやカルチャーコンテンツとコラボレーションし、メニューに再現するコラボカフェを開発。食べ物とは思えないような驚きのメニューがSNSで情報拡散される。海外からも注目を集め、外国人のお客様も多数訪れている。
パルコのクラウドファンディングサービスBOOSTERスタート
2014年度よりクリエイティブ・コンテンツ領域全般におけるプロジェクトの実現をサポートし、生活者個人の皆さまと一緒にイノベーティヴな挑戦を世の中に送り出す仕組みとして、クラウドファンディング・サービス「BOOSTER」をスタート。パルコの持つノウハウを活かし、WEBとリアル(=店舗)双方からの支援でプロジェクトを応援する。
宇田川町 15 地区開発計画における
都市計画の決定
©2019, Takenaka Corporation
「渋谷PARCO(PART1,PART3)」を含む、「宇田川町15地区開発計画」の開発施工予定者として、東京都に対し、都市再生特別措置法に基づく都市再生特別地区の都市計画の提案を行い、決定、告示された。これに伴い、渋谷PARCO(PART1、PART3)を、本計画の進展に合わせ、建替えのために一時休業することが決定。
渋谷PARCOで世界的デザイン集団
「TOMATO」結成25周年記念大型企画展の開催
世界的に活躍するデザイン集団「TOMATO」の結成25周年を記念したプロジェクト 「THE TOMATO PROJECT 25TH ANNIVERSARY EXHIBITION “O”」を渋谷PARCOを中心に開催。結成25年を記念した同展は、これまでに手掛けた商業作品や個々の作品、チーム内で実験的に制作した作品など888点を展示。同集団のメンバーでもあるエレクトロニック・ミュージック・グループ「underworld(アンダーワールド)」のために制作したレコードジャケット、グラフィック、映像、アートワークなども、一般に初公開した。
渋谷PARCO 「Last Dance_」
キャンペーン スタート!
渋谷PARCO一時休業に伴う最終営業日の2016年8月7日(日)に向け、「Last Dance_キャンペーン」を実施しました。広告ビジュアルは、クリエイティブディレクターに箭内道彦氏、アートディレクター・デザイナーに井上嗣也氏、 コピーライターに渡辺潤平氏を迎え制作。また、一時休業までの最後の10日間は、パルコミュージアムの最後の一幕として、渋谷PARCOと縁の深い豪華アーティストによる展覧会の開催や「渋谷公園通りメモリアルパレード~みんなで歩こう渋谷公園通り~」など様々なイベントを開催し、渋谷PARCOの最後を盛大に盛り上げた。
渋谷に新たなカルチャー発信拠点
『 GALLERY X BY PARCO(ギャラリー エックス バイ パルコ)』 オープン!
渋谷に新たなカルチャー発信拠点としてアートスペース「GALLERY X BY PARCO(ギャラリー エックス バイ パルコ)がオープン。 場所は、渋谷PARCOにほど近く、渋谷スペイン坂 に位置し、音響設備も整えアート作品の展示のみならず、音楽、映像、パフォーマンスなど幅広い分野のカル チャーイベントにも対応できる施設。アート・ファッション・アニメなど様々なジャンルの企画を展開し、渋谷PARCOの休業中も継続的に情報発信することで渋谷の街の賑わいを創出している。2019年10月に新生渋谷PARCO移転に際しCLOSE。同年11月22日に渋谷PARCO B1FにOPEN予定。
渋谷PARCO建替え工事囲いパブリックアートウォール「AKIRA ART WALL」掲出スタート
©️TAKAMURADAISUKE
2019年11月開業までの約3年間におよぶ渋谷PARCO建替え工事の期間、街の賑わい創出のため、工事に伴う美術演出をおこなう。日本を代表する漫画家・映画監督である大友克洋氏の代表作で2019年を舞台にした『AKIRA(アキラ)』という日本が世界に誇る作品の発信力・創造性に大きな魅力を感じ、『AKIRA』をコラージュアーティストの河村康輔氏と共同で制作。第1弾から第3弾と2度の張替えを行い、国内外で話題のスポットとなった。 2018年には、「2018 年度グッドデザイン賞」(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞。
パルコが運営する渋谷のミニシアター
<シネクイント> 復活オープン!
(C)2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.
シネクイントは、「世界の喜怒哀楽(エンタテインメント)を提供」をコンセプトにジャンルを問わず国内外の個性的で良質な作品を上映する常設映画館<シネクイント>として1999年に渋谷PARCOへ誕生。2016 年 8 月に渋谷 PARCO 建替えのため一時休館。約2年ぶりに2スクリーンの映画館として、渋谷PARCOからほど近い渋谷三葉ビル内に復活した。上映作品「ブラック・クランズマン」は当社にて日本国内の配給も実施し、同作品にて監督のスパイクリーが第91回アカデミー賞脚色賞を受賞した。
パルコ50周年キャンペーン
「50年目の、新しいパルコ。」
スタート!
パルコは、2019年に 50周年を迎える。(1969年11月23日池袋PARCO開業)。 2019年は、「錦糸町PARCO」、「サンエー浦添西海岸 PARCO CITY」、「川崎ZERO GATE」、そして「渋谷PARCO」と新しいプロジェクト(開業)が続く。その特別な 年の始まりである2019年元旦より、パルコ50周年キャンペーン「50年目の、新しいパルコ。」を スタートした。本キャンペーンビジュアルと50周年ムービー『We are PARCO. それぞれの街に、 50年目の、 新しいパルコ。』は各地で働く若手社員の日々を、 リンダ&マーヤの書き下ろし楽曲“50' Youth”に乗せて映したもの。監督は箭内道彦(風とロック)、撮影と編集は小川謙治、五十嵐真が担当している。
唯一無二の “次世代型商業施設” 新生「渋谷PARCO」概要発表
©2019, Takenaka Corporation
世界へ発信する唯一無二の“次世代型商業施設” 渋谷PARCOはニーズを満たすのではなく、ニーズを創造し、新しい消費提案・価値観を提供。これまでの商業施設の枠を超え、デザイナー・クリエイターなどの送り手と共感・共創し、新たな取組を 行うことで新しい刺激や楽しさの体験価値を提案し、グローバルに情報発信するビルを目指す。デザイン・アート性やエンタテインメント性の高い専門店を軸とした編集をし、渋谷PARCOならではの独自性を高めていく。