field - ZODIAC TAKEOVER PARCO REPORT

  • LINE
Photo
Koki Morishima(BY NIGHT)
Photo
Sachiko Saito(BY DAY)
Movie
ikko
Text
Kana Yoshioka
Edit
RIDE Inc.

 





Yuta Shimizu(field / Eild / Rainbow Disco Club)Interview




「field - ZODIAC TAKEOVER PARCO」新プロジェクトをPARCOともに計画し、当日の運営を担った「Rainbow Disco Club」清水雄太氏にイベントについてどのように取り組んだのか、話を聞いた。

――「field - ZODIAC TAKEOVER PARCO」を終えてみていかがですか?

イベント当日の昼は、ZODIACのマイケルたちが「HABUSH」が好きすぎたので、何度も乾杯をしました。それと昼の部は、自分たちがあまり慣れないコンテンツも多かったので、昼が終わった瞬間に「想像よりダメージが大きいな」と思っていたら、横にいたKnock(RDC)がボソッと「これは伊豆よりもきついかも……」と言うので、俺も「やっぱり、間違えちゃったかしら……」と思ったりして(笑)。ですが実際に終えてみて、みんな楽しんでくれたのでやってよかったなと思いました。

――RDCが新しい試みに挑戦しているなという印象がありました。何がきっかけで、PARCOとお付き合いが始まったんですか?

以前、コロナ渦のときに「Hearth Kitchen」というプロジェクトに、個人的に声をかけてもらって、ComMunEでイベントをやらせてもらったことがあったんです。そのときにPARCOの担当の方にお会いして、そこからコミュニケーションをとるようになりました。僕はその方の人柄や雰囲気が好きなので、何かあればお誘いをしたり、いろいろな場所で偶然お会いするような感じだったんですけど、2023年に伊豆までRDCを観にきていただいた際に、何か一緒にできたらいいねという話をしていたんです。僕らRDCは、もともと友達が集まったチームで、一般的な会社組織とは違うシステムというか、生態系で形成されているので、そういうことをPARCOの社員さんに伝えられたらいいよねとか話していたんですけど、2023年の年末に僕が「filed」の原型になる企画書を作って PARCOさんへ提案をしたんです。それをいいねと言ってくださって、そこからチームのようなものを作って、企画を話し合って進めてきました。

――RDCの強みである音楽だけでなく、いろいろな側面を取り入れて開催されているなと感じました。

RDCを渋谷でやりたいという話ではなく、お互いが持っていることを出し合うことで、お互いにとってチャレンジになる新しいことを始めれたらいいなという話をしました。PARCOさんは僕たちにはないノウハウをたくさん持っているので、僕たちにとってはそこで価値を出せるんじゃないかって。

――今回、ジャカルタよりZODIACを招いた理由を教えてください。

2023年の年末に企画書を提出したときに、世界中の面白いコレクティヴやクルーを呼んで、目立つ部分だけでなく、なるべく全体を紹介したいと書いていたんです。僕らRDC側は当然、音楽がメインですが、それだけでなくデザイン、食、ファッションなど、いろいろなことをやっている人たちが集まって、今の僕らがあると思っているので、それを同じように全体を見せることができたら、もっと本質を見せることができるし、みんなのモチベーションも違うだろうと思ったんです。ZODIACを例にとると、彼らはジャカルタでクラブや音楽レーベルをやっていて、その他にもアパレルブランドやグラフィックデザイン、食などもやっている。僕らが海外で開催されるRDCへみんなで出て行くと勢いが違うように、日本へ来る側もそうだと思うから強いインパクトを与えて、面白いことになるんじゃないかなと(笑) それをPARCOさんと一緒にやることで、僕らだけでは音楽の側面しかできないところを、食、アート、ファッションなど多彩なアウトプットができる。そのワントライを、ここ数年で僕が1番衝撃を受けた、ジャカルタのZODIACと一緒にやってみたいと思ったんです。

――ZODIACクルーとの印象的な来日エピソードはありますか?

想像以上に大人数で来てくれて、イベントが終わって1週間くらいはみんな日本に残って滞在していたんですけど、ちょうどGEROの30歳の誕生日があったので、総勢15人くらいでディズニー・シーへ朝から遊びに行ったんです。みんな着ぐるみとか帽子を被ったりして、かなりすごい集団でした(笑)。僕も家族と一緒に行きましたが、みんな優しいので娘と遊んでくれたりして楽しかったですね。

――昼の部で出店していたナシゴレンもGEROの店ですよね。

GEROはもともとZODIACのクルーでDJなんですけど、今は「Potato Head Suites & Studios」というバリのホテルにある「KLYMAX」というクラブのレジデントDJであり、他に自分で「NASGERO」というナシゴレンの専門店をやっているんです。「NASGERO」は衝撃的。今まで食べてきたナシゴレンよりストリートテイストを感じるナシゴレンで、味付けも濃くて、美味しくて、見た目は茶色というより黒に近いんです。昨年のRDCにも来てもらったんですけど、RDCで飲食を担当している僕としては、「NASGERO」をいつかPARCOさんでやれたらいいなと真面目に考えています。


――DJのラインナップはどんな基準で選ばれたんですか?

「ZODIAC」はジャカルタにクラブを持っていて、その中心にいるのがJonathan Kusumaなんですけど、彼らからこの企画で呼びたいDJリストをもらって、その中から僕らがセレクトしました。昼と夜の部に出演した日本のDJたちは、ほぼみんな向こうでプレイしているんですよ。お互いが納得いくラインナップになるということは最初からわかっていたので、その辺りの苦労はありませんでしたね。

――「filed」とタイトルをつけた理由はなんですか?

Knock(RDC)が、「渋谷はもともと野原だったらしいから『field』はどうかな? 」と、名前会議の1回目で出してきた案なんです。その案が、RDCとPARCO、それとお客さんにとって「新たな挑戦、出会いになるような」というコンセプトイメージと合致したので、「field」に決まったんですよ。それこそ僕は、この会議の直前に「DEFOMAT」というアートイベントに出展していた「SIDE CORE」さんのブースで、渋谷の土を使って焼き物をしているのを見て、今でこそ渋谷はコンクリートばかりで土を感じないですけど、昔は野原で川も流れていた土地だったことを知ったんです。

――今後「field」でやってみたいことはありますか

めちゃくちゃたくさんありますね。RDCは15周年、PARCOさんは55周年っていう節目を迎えて、これから先一緒に取り組んでいくことを考えたときに、僕ら自身に知見がなくても挑戦できることをやりたいなと思ったんです。アーティストだけに目を向けるのではなく、裏方の人たちも育てていけるようなこと……お金の使い方、英語を学ぶこと、そして思考や生き方など教育に寄ったプログラムを行っていけたらいいなと。環境や素材を考慮した、創造的な取り組みもやってみたいなと。やりたいことはまだまだあるし、課題も山ほどあるりますが、僕としてはもう早く次をやりたいと感じています。とにかく、転がり続けることが大事だと思ってるんで。

――今後のモノづくりにも引用されていきそうですね。

僕らは音楽だとか、自分たちが好きなものを信じているので、「field」でも、お互いの好きを交換しあって、新しい発見をしたりできたら嬉しいです。自分たちも挑戦するし、来る人も新しいフィールド(field)を見つけて欲しいなと思います。

Yuta Shimizu (field / Eild / Rainbow Disco Club)

1983年 左利きのBaby
日本のニュージャージーこと埼玉に、熊手商の長男として生まれすくすく育ち、商売人の親父に「大学行かないなら20万やる」と言われ、迷うことなくフリーターに。丘サーフショップの店員として上京するが、半年で社長が夜逃げ。その後、飲食店で働く間に先輩に連れられたクラブにハマり、そこで出会った沢山の人の優しさに包まれて生きる。 20代後半は、代官山UNITのカフェスペースのマネージャーとして勤務。30歳で結婚を機に何をやるか決めないまま独立。 現在は、その時に決めたWildとMildの中間、つまりちょうど良いという意味の造語Eild(エイルド)という屋号を法人化して、音楽とアートを軸にしたアーティストマネージメント / 映像音楽制作 / イベント制作を中心に家族を養う典型的な「なにが仕事かわからないおじさん」

主な活動に Eild / Etched / field / Rainbow Disco Club / 清水屋熊手 など







2 / 2
次のページ
  • LINE

Other Posts