フランス中部の小さな村で生まれ育ったマリーン・セル。幼少期から豊かな自然の中でスポーツに親しみ、10 代で夢中になったクリエイションの世界で、ファッションの魅力に出会う。2016年に自身の名を冠したブランド・MARINE SERRE を設立してからというもの、翌年には LVMHプライズを受賞し、一躍注目を浴びた。デビューから一貫して「エコフューチャリスト」というコンセプトのもと、持続可能な素材への探求と製造方法の実践を行なう姿勢に揺るぎはない。今回 3 度目だという来日の目的は、MARINE SERRE にとって日本初の店舗である渋谷 PARCO のため。未来を見据えたマリーン・セルの創造の原点、そしてこれからのファッションデザイナーとしての使命について語ってもらった。
※The English version is next page.
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- Zero Wang
- Text
- Yoshiko Kurata
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- RCKT/Rocket Company*
—— まずは、ファッションに興味を持ったきっかけをお伺いしたいです。というのも、3歳〜16歳までテニスに夢中だったそうですね。そこからどのようにファッションの道に進んでいったのか気になります。
山々に囲まれた自然豊かな場所で生まれ育ったこともあり、テニス以外にもさまざまなスポーツを日々楽しんでいたんです。でも、14歳でアートスクールに通い始めたことを機に、ちょっとずつ自分の装いに興味を持ち始めたんですよね。だから初めてファッションに触れた体験は、女性としての自分のパーソナリティや性格を探求することから始まりました。次第に、映画を見に行くとき、フリーマーケットやお店に行くときなど、さまざまなシチュエーションに合わせて自分のムードを装いで表現することが楽しみになっていきました。いま振り返れば、15歳のときの私は、自分自身を25歳のように見せていたかもしれないです。人々に「あなたのムードは素敵ね、まるで他の人と違う独自性を持っているような」と言われる経験を求めていたのだと思います。
—— 自己表現としての装いが始まりだったんですね。
自己表現であり、自分自身を守る武装でもあったと思います。ある意味、そのふたつは表裏一体なものだと考えていて。人々にこういうふうに見られたいという欲望は、同時に自身を守る行為でもあるのではないでしょうか。ファッションを通して、直接的かつ本当に生命を守るということはできないかもしれないけど、一糸まとわぬ姿で外出はしないと思うので、装うことは必要ですよね。装うことは、自身について見つめ直し、ケアすることでもあります。だから、私はいまでも装うことが好きですし、妹や友達のために服を作ることも好きです。私がファッションデザイナーとして、ベストを尽くせることと言ったら、世界中の女性をエンパワーメントすること。女性が力強くいられるようにデザインを考えることが楽しみなんです。むしろそれができるからこそ、この仕事が続けられていると言っても過言ではありません。
—— どんな女性像を描いていますか?
例えば、映画だと『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』や『マトリックス』に出てくるような女性。もちろん、ココ・シャネルも尊敬する女性のひとりです。国や年齢関係なく、いつも強さを持っている女性にインスパイアされます。デザインとして形にするために、常に「女性とは一体?」ということを注意深く観察して、考えるように心がけています。というのも、長い間、私たちは社会的に抑圧されてきたこともあり、まずは私たちが自分自身について十分に理解する必要があると感じるからです。
—— 身近にいた女性としての母親は、どのような存在でしたか?
母は、決して裕福な家庭で生まれ育ったわけではないのですが、いつでもエレガントでした。独自の雰囲気や好みをしっかりわかっていました。ピスタチオグリーンとピンクといったような色鮮やかな服を着こなせる彼女のスタイルが好きです。髪型もメイクアップも毎日丁寧に仕上げて、いつでもきれいでエレガントな佇まいを見せる女性でした。でも面白いことに、彼女も私と同じく郊外出身なので、都会や外の世界から何かファッションの影響を受けたことはないんですよね。だからこそ作られた感じがなくて、内から一貫する自然体として感じられたのかもしれないです。
—— 自然豊かな故郷で育ったことは、ご自身にも家族にもたくさんの影響を与えているんですね。ブランド創設以来、一貫したサステナビリティへの意識やアクションを行なっています。いまのお話を伺う限り、ご自身のバックグラウンドに通じていそうですね。
そうです。自然は、もはや自分のひとつといってもいいくらいに、なくてはならない存在です。たまに社会はその重要さを忘れているように感じがしますが、もし現実的に、木も水もなかったら私たちは生きていけないですよね。仕事もできないし、幸せも手に入れられない。自然や動物を愛することから、私たちの幸せは始まると思います。風がある今日なんかは、木々が揺れるたびになんだか嬉しい気持ちになるんです。自然とは対等な関係性でありながら、毎日自然を感じるたびに自分たちより遥かに大きな存在であることを感じるというか。サステナビリティについて考えることは私たちが日常的に担う義務ではあるのですが、そもそもなにかを創造することには、人々をケアすることも含まれていると思うのです。
ブランドのアイコン「オールオーバームーン」のスキンをまとったマネキン。
—— パリも今年の夏はニュースになるほどの猛暑を迎えたそうですね。東京も毎年温度があがっていて、近い将来に人々はもう夏は外にいられない未来がきてもおかしくないように感じています。先ほど、マリーンさんがおっしゃったような非人間中心主義な考え方は、ひとりだけではなく、みんなで力を合わせてアクションまで行う必要があるように感じます。
そうですね。もはや行動を起こしても遅いところまできているのかもしれません。世界中の気候は日に日に変わっていて、四季がなくなり、いまや私たちがコントロールできることなんてないように感じます。都市にいるとなおさら、自然に触れる機会が少ないですよね。私はよく自然がある郊外に小旅行したり、山に行ったりするのですが、友人を誘うと森への散歩でも怖がるんです。まずは人々や自然、世界すべてを繋ぐことが大切だと思います。そうでないと、いつまでも人々は自然だけではなく、自分たちが口に入れる食べもののことすらも気にしないまま、暮らしてしまうような気がしていて。画面上のインスタントな情報ばかり見ずに、自分たちが何をやってきたのかを理解し、そしてどう生きたいのか考えることが大切だと感じます。私がファッションデザイナーとしてできることは、クリエイションを通してすべてのものを繋ぎ直すことだと思っています。
—— 考える機会すらも失う世の中にたまに不安を感じます。
そうして人々が不安を抱きつつ、孤独を感じながらスクリーンを見るわけですが、そこでは何も解消されません。不安に感じて恐怖から目を背けるのではなくて、どれだけ自分たちが行なってきたことで、世界が変わってしまったのかという現実と向き合うことも大切です。だからこそ自然に触れたり、友達や初めて会う人々と話したりするなかで、リアルにエネルギーを得ることは大切です。自身がひとりで不安に感じていたことを少し客観視して考えられるようになると思っています。
—— 目まぐるしく情報が行き交う世の中で、どのように自分自身を日々ケアしていますか?
たとえば今朝は、まず6時半に起きて、水泳に行ったあとにヨガ、サウナをして自分を整えました。今日は特に、この取材のあとも休む暇がなく、夜まで会食の予定がある長い1日だとわかっていたので、念入りに2時間かけて自分の心身を整えておこうと思って。身体は資本とよく言いますが、少しでも寝不足だったり疲れが残っていては、頭も冴えないですよね。アイデアも行動もすべてが自分から出てくるものなので。パリで仕事するときも、朝から犬の散歩をして、メディテーションを行なって、できるだけ毎日遅くまで携帯電話を触らないように努めて、睡眠と休息を大切にしています。それはやっぱり、小さい頃から自然に囲まれるなかでスポーツをしてきた習慣があるから、携帯電話を置いて身体を動かすことに集中できるのかもしれないです。
店舗の中央に位置するジュエリーディスプレイの中央には、水面のような光の反射がゆらゆらと漂う。
—— マリーンさんは、今までのお話しを伺っている中でも、過去のインタビューを拝見する中でも凛とした佇まいが印象的です。
自分の身体は、まるで神殿のような聖域を司っていると思うのです。すべてに関して、前のめりになるというよりも、いかに客観的でいられるかに努めています。いまこうして、あなたと話すためにもエネルギーが必要だとわかっていたので、前日から整えてきました。都市は特に、一歩足を踏み入れると、たちまち予期せぬいろいろな変化に巻き込まれますよね。そんな毎日だと自分のケアが置き去りになってしまいますが、しっかりエナジーチャージさえできていれば、いつでも自制心が保てると感じています。一瞬一瞬の積み重ねが、毎日を作っていると思いますし。9月中旬にオープンしたばかりの渋谷PARCOのお店も、みなさんにとって、そうした心安らぐメディテーションのような没入空間を目指しました。
—— 自身で店舗の構想とデザインを行なったそうですね。
そうです。古代の神殿をイメージして神秘的な空間に仕上げました。そこに未来的なビジョンも加え、映画『Blade Runner(ブレードランナー)』を想起させる、ディストピア的なSFの風景と、時を超えた建築的引用が交錯する世界を作りました。フューチャリスティックななかにも、静けさと自然を感じてもらうように、棚は木製でデザインしています。お店の象徴としては、古代ギリシャ神殿の円柱を想起させる5本の柱がそびえ立ちます。カリアティードをイメージしたこの柱の両サイドはマネキンを立てていて、彼らのポーズも店舗の世界観を表しているものです。中央に位置するジュエリーディスプレイの柱は、水面のような光が反射し、没入体験を味わっていただけると思います。フィッティングルームは、古着で見つけたスカーフを縫い合わせたカーテンをめくると、中には一面をブランドの象徴である「オールオーバームーン」が覆います。単なるブティックではなく、空間、質感、デザインなどの細部からもブランドの本質に触れられ、見つめ、そして皆さんにとって心を通わせられるスペースを目指しました。
古代のギリシャ神殿をイメージした円柱がそびえ立つ店内。
フィッティングルームの入り口には、ヴィンテージのスカーフを縫い合わせたカーテンが。
—— 東京の印象はどうですか?
日本のみなさんは落ち着いていて、優しいですよね。お互いにケアがあるおかげで街もきれいで、潜在的な自然への精神性が見えるというか。日々の生活の中で表れていることがすごく素敵だなと思います。仕事では、ほとんど女性としか会うことがないのですが、みなさん懸命な一面を持っていることが印象的です。
—— 今回の来日では東京以外にも自然と触れる機会はありそうですか?
残念ながら、今回が3回目の来日になるのですが、いつも東京に仕事で来て、ほかの場所には旅行せずに帰ってしまうんですよね。最近では、タイやインド、韓国にも旅に出かけたので、自然に限らず、さまざまな国に訪れたいと思っています。いつかゆっくり休暇を取って日本にも来たいですね。


Marine Serre(マリーン・セル)
1991年フランス中部コレーズ地方のブリーヴ=ラ=ガイヤルド近郊生まれ。自然豊かな環境で育ち、テニス選手を目指した後、ブリュッセルのラ・カンブル校でファッションを学ぶ。2016年に自身のブランド・MARINE SERREを設立し、翌年LVMHプライズを受賞。「エコフューチャリスト」を掲げ、再生素材と職人的手仕事を融合した革新的なコレクションを展開。月のモチーフとサステナブルな思想で注目されるデザイナー。
Instagram(@marineserre_official)




