還暦という人生の節目を迎えた本木雅弘が、自らの歩みを見つめ直したフォトブック『awai 刹那と永遠のまにまに』が6月12日に発売され、渋谷スペイン坂に誕生した、本とアートを横断する新たな拠点「NONLECTURE books/arts」にて6月11日〜6月21日まで写真展を開催。本写真集は長年の友人であり、27歳の頃にともにインドを旅した写真家・中村一弘が、30年余りの時を経て再びレンズを向ける。京都、東京、ロンドンを巡りながら撮影された写真の数々と、本木自身が綴った言葉が重なり合う一冊には、現在と過去、俳優・本木雅弘とひとりの人間・内田雅弘、その「あわい」に宿る時間が静かに写し出されている。
- Photo
- Taka Mayumi
- Text
- Hisako Yamazaki
- Edit
- RIDE Inc.
「紛れもない 六十年目の朝 果たして
何か 変わったのだろうか」――本木雅弘
還暦を迎えた、その朝。写真集『awai 刹那と永遠のまにまに』は、60歳になった本木雅弘さんの姿を静かに見つめるところから始まる。そのまなざしを向けたのは、20代の頃から彼を知る写真家・中村一弘さん。ふたりは27歳のとき、ともにインドを旅した仲間でもある。まだ情報が溢れる以前、地図を片手に未知への期待と不安を抱えながら進む、どこまでもアナログな旅だった。そこで目にしたのは、生と死のおぼろげな輪郭、日常と祈りが隣り合う風景、価値観を揺さぶる数々の衝撃。その時間のなかで中村さんが撮影した本木さんの姿は、1983年に写真集『HILL HEAVEN〜天空静座〜』として結実した。
旅は、ふたりにとっての原点に――。
そして30年以上の時を経て、再び人生の節目で出会い直すことになる。きっかけは、映画『黒牢城』の撮影で京都に滞在していた本木さんと、久しぶりに交わした食事。旧交を温め、思い出話に花を咲かせるなかで、中村さんがふと口にした、「もう一度、写真を撮らせてくれないか」という言葉だった。
当初から写真集を作るという構想があったわけではない。還暦を迎えたふたりが、30年余りの歳月を経て再び向き合い、同じ人間が同じ人物を見つめることで、何が立ち現れるのか――。そんな期待が、いつしか小さな冒険へと変わっていった。
「同じ人間が同じように30年の時を経て、同一人物をのぞく。何か感じ取れるものが出現するんじゃないか、という期待感があった」と本木さんは語る。
かつて旅のなかで共有した時間のように、場所を巡り、偶然を受け入れながら撮影を重ねていく。そのプロセスそのものが、『awai』という一冊の核になっている。人生には、時間を隔てて再び出会い直す瞬間がある。その面白さと豊かさを、この写真集は教えてくれる。
—— 59歳最後の夜、そして60歳を迎えた朝。このふたつの瞬間に、本木さんは何を想いましたか? また、還暦を迎えた日をご家族とはどのように過ごされ、どんな会話を交わされたのでしょうか。
写真集に収録されている自宅のベッドにいる朝は、現実に60歳を迎えた当日の朝の様子です。いつもと変わらない朝が来た……というのが実感ですが、本当に辿り着くものなんだと……。生きることと時間の線を合わせて想像している感覚もありました。
正直、前夜、つまり50代最後の夜に考えていたことは覚えていません。翌日は一応、撮影の計画がありましたから、滞りなく進行することを願っているだけという感じでしょうか……。当日、赤いシャツに燕尾のジャケットを羽織り、赤いストールを持って銀座の中央通りに繰り出しゲリラ撮影を敢行しました。まだ人通りの少なめな午前の時間帯でしたが、みるみる人だかりができていきました……。本当は人混みに紛れて浮き立とうというつもりでしたが、皆さんがすぐに避けて道を空けてしまうんです(笑)。それでもきっと、20年後に見ればその時代の銀座も込みの不思議な写真になっていると思います。
夜は家族と事務所の方々が集まってくださり、お気に入りのファンシーな中華レストランで祝いのディナーになりました。カメラマンの中村くんにも覗いてもらい、次男が描いた還暦祝いの似顔絵を持つ姿や、写真集にも唯一挿入した家族写真も、その夜のものです。イギリスでは60歳の祝いを“DIAMOND JUBILEE”というので、キラキラストーンのついたカードを家族からもらったのですが、「こつこつ歩いて健康維持」「身の辺りの整理整頓を心がけて」と、大変地味なメッセージでした(笑)。
刹那と永遠の、そのあいだで
本木雅弘がみつめる「あわい」
『awai』というタイトルが生まれたきっかけは、編集担当者がふと口にした言葉だった。
「本木さんを見ていると、いろんな時間を行き来しているように感じる。そこに“あわい”を感じる」――過去と現在、俳優としての本木雅弘と、ひとりの人間としての内田雅弘。そのあいだをたゆたうような気配。その感覚こそが、この写真集を象徴する言葉となった。
フォトグラファーの中村さんは、写真という表現の魅力を「同じものが撮れないはかなさ。その時間にしかないもの」と語る。その言葉は、『awai』というタイトルが内包する意味にもどこか通じている。時間は絶えず流れ、物事は移ろい続ける。同じ瞬間は二度と訪れず、人もまた変化し続けていく。その儚さと豊かさ、そし移ろいのなかに立ち現れる一瞬の輝きこそが、“あわい”という言葉が指し示す世界なのかもしれない。
「常に物事は変化していて、動いていて、どこに自分が運ばれるかわからない」と、本木さんは語る。
—— 写真集のタイトルともなった「awai(あわい)」という言葉は、本木さんにとってどのような意味を持つのでしょうか。また近年、本木さんがもっとも魅力を感じる「あわい」とは何でしょうか?
物と物、人と人、過去と現在と未来、季節の移ろいの中に 「awai あわい」は存在します。漢字では「間」と書く大和言葉なのですが、単に「あいだ」のことではなく、それぞれが混じり合う空間、あるいは溶け合っている部分のことを指すようです。普段の会話やお芝居も、この「間」でニュアンスが伝えられていますよね。細かくいえば、言葉を発する前や後の余白、余韻の中にも、互いの目に見えない何かかが触れ合って「あわい」が生まれています。そうすると「人間」は「人」を繋ぐ「間(あわい)」で成り立ってるんだって、妙に納得します。そこを皆さんとも共有したいという思いです。
自分にとっての最大のawaiはやはり、いくつも残された映画のほか、作品たちに詰まっています。役者を生業としている故に、撮影の時間は自分の生きた証、そして作品を観るときは、つい撮影当時の瞬間がフラッシュバックし、そして物語の普遍的メッセージも受け取っている……。つまり現実と虚構=自分と他者=本木雅弘=内田雅弘の全てが融合している訳で、まさに「〜刹那と永遠のまにまに〜」。浮かんだり、焼きついた時間を、眺め味わうことができるんです。
—— 裏表紙には、「目に見えない物事の気配や、あわいに光を見出すことが想像の鍵となる」とあります。本木さんがもっとも強く惹かれた、あるいはその存在を実感した「目に見えないもの」とは何でしたか?
これはお世辞ではなく、今回、縁あって出会った「NONLECTURE」さんですが、この空間の気配とコンセプトに惹かれました。まず、この渋谷の喧騒の中にオアシスのような静けさが存在していることに驚きました。そして、形式に縛られず、本やアート、イベントを介して人と表現が交差し、消費ではなく場から生まれる感性を掬い、蓄積させるように都市の文化的な記憶の層を残していくというコンセプト。いわば「原っぱのように自由に過ごせる場」という説明にも、懐かしさと好奇心をくすぐられる思いで、恐るべし渋谷の奥行きを感じました。
地下に降りていくと、まさかに広がる天井高のある空間は鍾乳洞のようでもあります。太古の昔から湧き出る泉を発見したような嬉しさ……きっとここで生まれた交歓が、次に生まれる何かに繋がり、世の中を刺激し色づけ、何かを響かせてゆく……そんな想像が芽生えて密かに興奮しています。
—— 写真展を開催した「NONLECTURE books/arts」は 渋谷スペイン坂にあります。本木さんにとって、渋谷という街や渋谷PARCOにはどのような思い出がありますか?
グループ歌手をしていた80年代から、スペイン坂は若者に人気のチャーミングスポットでしたから、私も雑誌の撮影をしたり、階段を舞台に夜から朝方までドラマの収録を行ったりと訪れていた場所でした。90年代は坂の上にあったシネマライズでマニアックな監督の作品やアートムービーを鑑賞したり、 PARCO 劇場でもいろいろ観ていますよ。たとえば、パンクバレエの騎手 マイケル・クラークの来日ステージを観たり。そしてまた、パルコブックセンターがあった頃は、洋書の画集や写真集のエリアをウロウロ散策して、お気に入りや、プレゼント用に美しい装丁やユニークなコンセプトのアートブックなんかを購入していましたね。渋谷にタワーレコードが移転してきたのも90年代の頃ですし、ファイヤー通りの洋服屋も古着、ストリート、自然派とすべて覗いてチェックしたりと……サブも含めたカルチャーの刺激を渡り歩いていたという感じです。結婚、子育てしていた頃の時代には、インテリアや生活雑貨、子ども服を物色するなど、19歳から代官山、渋谷エリアに住んでいるので、いわゆる生活圏内としての愛着もあります。今年の春には、髙木由利子さんの写真展『Threads of Beauty』の素晴らしい展示も観てきました。
30年の時を隔てて、
写真のなかで出会う、もうひとりの自分
映画『黒牢城』の撮影の合間を縫うようにして、撮影は進められた。はじまりの地となった京都を皮切りに、約4カ月にわたり東京、ロンドンへと舞台を移しながら、本木雅弘が人生のなかで大切にしてきた場所を巡る旅が続いた。
ページをめくると現れるのは、現在の本木さんの姿だけではない。27歳の頃、中村さんとともに旅したインドで撮影された写真が差し込まれ、30年以上の時を隔てた現在の肖像と静かに呼応していく。さらに本書は、写真だけでなく、本木さん自身の言葉によっても構成されている。「言葉を紡ぐことで、自分のことを省みる機会になった」と語るように、そこには被写体として写し出される姿と、自らの内側を見つめ直す言葉が重なり合っている。
—— 今回、写真家・中村一弘さんと30年ぶりに撮影を行ってみて、ご自身の中でも意外だった表情や姿はありましたか? 撮られた写真の中には、“知らない自分”も写っていましたか?
映画『黒牢城』の撮影期間でもあったので、役柄用に伸ばしていた髭面を記録できたことが、まず新鮮かつ貴重だと思います。その髭のおかげで普段、実年齢より若く見られがちな自分が、それなりの老いも醸し出せたかなと……。カメラを向けられると習性として体裁を整えてしまい、完全に無防備になることは難しいのですが、その意識化にある自分もリアリティの一つですし、友人の中村くんの前では普段のフラットな自分に近い心持ちでいたことは確かです。
これという一枚ではなく、例えばロンドンでのシリーズには異国で開放されている気分と同時に、ささやかに生きている自分を再確認しているという意味で、むしろ国内にいる自分より、素に近い何かが映っている気がしますね……。
ようやく、大地とつながる
本木雅弘が描く、これからの人生
還暦という節目を迎えた今、本木雅弘さんはこれからどのように歩んでいきたいと考えているのだろうか。長い時間をかけて自分自身と向き合い続けてきた彼は、「ようやく大地と自分が普通に繋がってきた気がする」と語る。その言葉には、肩書きや役割を超え、ひとりの人間として地に足をつけて生きていこうとする静かな実感が滲んでいる。
『awai』は、自らの歩みを振り返り、その時間の堆積を見つめ直すことで生まれた一冊でもある。「少し前よりも、たっぷりと自分を眺められるようになってきた。それをみんなと共有したい」――本木さんにとってこの書は、ただ自分の還暦を記録する写真集ではない。そこに込められているのは、自らを見つめることで見えてきた時間の豊かさや、人と人のあわいに宿る感覚を分かち合いたいという願いだ。そして、本木さんが歩んできた人生という旅が、読者一人ひとりの旅ともどこかで響き合い、重なり合う時間があるかもしれない。そんな想いもまた、この一冊には託されている。
そして本木さんはこう続ける。
「出会いやハプニング、人に背中を押されて動き出すのが嫌じゃない。それに乗って、どこかに突き落とされるような感覚が、なんか好きなんでしょうね」
偶然の出会いや思いがけない出来事に身を委ねながら、まだ見ぬ場所へと運ばれていくこと。その感覚は、これまでの人生を形づくってきた原動力であり、『awai』という旅の先にも続いていくものなのかもしれない。
—— これから先、本木雅弘さんはどんな人間でありたいと思っていますか。また、何を大切にして生きていきたいと思いますか?
雰囲気としてのイメージですが、穏やかで、しなやかな強さも持つ人間になりたいですね。そして、そうそうに思い通りにはいかない展開を面白がれる心の器を育てたい……。
仕事も日常も想定通りには運ばないのが常です。でも、その予定不調和の中に思わぬ発見や導きが転がっていて、そのズレを受け入れていくことで自分の幅が拡がっていくのだと思います。
創造の創は“きず“とも読むんです。つまり創造とは「キズをつくること」から始まるのです。心に小さくヒビが入った時、そこを丁寧に見つめてみると生まれてくるささやかな想像……それが何か大きな入り口に繋がるサインだと思えば、不安が密かな期待に変わっていく……そんな風に、目に見えない「心」と上手く付き合える大人になるのが理想です。

Information

著:本木雅弘、中村一弘
写真:中村一弘(中村一弘写真事務所)
文:本木雅弘
定価:6,050円(本体5,500円+税)
仕様:A4変/横版/コデックス・ドイツ装
ISNBN:978-4-86791-089-4
発行:株式会社トゥーヴァージンズ

- ショップ名
- NONLECTURE books/arts
- フロア
- OTHER
- 電話番号
- 03-6455-1377
- 公式ブランドサイト
- https://nonlecture.jp/
- 公式SNS
- Instagram(@nonlecture_books_arts)

本木雅弘
1965年埼玉県生まれ。俳優。映画『シコふんじゃった。』(1992年)で、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。その後もNHK大河ドラマ「徳川慶喜」(1998年)、「坂の上の雲」(2009年)などのテレビドラマをはじめ、映画『GONIN』(1995年)、『トキワ荘の青春』(1996年)、『双生児』(1999年)、『日本のいちばん長い日』(2015年)、『永い言い訳』(2016年)など数々の話題作に出演。2008年公開の主演映画『おくりびと』は、第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、世界的な注目を集めた。主演映画『黒牢城』が公開中。戦後80年ドラマ「八月の声を運ぶ男」が映画化、26年夏公開。




