2022年から開催している、PARCOがさまざまなカルチャーの紹介を通して、思い込みや線引き、誰かの決めたルールをあいまいにしてゆくことにチャレンジするカルチャーフェスティヴァル「あいとあいまい」。
今秋の開催に先駆け、これまでの「あいとあいまい」に参加した金井冬樹(イラストレーター・コミック作家)、 熊谷充紘(twililight 店主)、ユリ・アボ(編集者)の3名に、大切な書籍と映画をセレクトしてもらった。
- Visual
- Aiko Koike
- Edit
- RIDE Inc.
金井冬樹(イラストレーター・コミック作家)
1988年長野県生まれ。イラストレーター・コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品やそれらをまとめたzineの創作を行う。主な仕事にケイト・ザンブレノ著、西山敦子訳『ヒロインズ』の装画、レベッカ・ブラウン著、柴田元幸訳『ゼペット』の挿絵など。自身の作品集としては『LONG WAY HOME』『ゆっくりと届く祈り』など。
Instagram(@fuyuki_kanai)
映画『タンジェリン』|ショーン・ベイカー 監督
© 2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
セクシュアルマイノリティであることをオープンにしていると、それについての話題ばかりを求められているように感じて息苦しくなるときがあります。発言の機会があるのはありがたいことだし、自分の発言で何かを得る人がいるならそれは良いことだけど、それだけが自分のすべてではないし、デリケートな話題になることもあるからまじめな態度で受け答えする必要もある。なんでこんなに気を遣って発言してるんだろう?他の話題ないの?と疲れてしまうんです。
この映画の主人公はLAでセックスワークをする2人のトランスジェンダー女性。彼女たちの会話の応酬がすさまじくて、とにかく笑えるという理由だけでも十分おすすめです。LGBTQ+と一括りにされてしまいがちけど、一人ひとりはこうしてでこぼこ道の人生を必死に泣き笑いしながら生きてるよね。品行方正じゃなくてもいいじゃない!と勇気をもらえた気がします。
一方で、自分は経験せずに済んできたトランスジェンダーであるが故の苦労や人種差別も鮮烈に描かれるし、愉快なほど「お下品」な語彙も、それしか知らずに生きてきた可能性がある。彼女たちの来し方や、日本の状況などについても考えさせられる厚みのある作品です。 —— 金井冬樹
『タンジェリン』
3台のスマートフォンを駆使し、トランスジェンダーの女性たちの友情と恋愛をリアル&ポップに描いた。リサーチ中に出会ったトランスジェンダーの女性たちを役者として起用。爽快なマシンガン・トークと絶妙な掛け合いに痺れ、最後に待ち受ける切なく美しい友情のかたちに、誰もがホロッとさせられるだろう。
2015年製作/88分/アメリカ
© 2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
好評DVD発売中&デジタル配信中
発売元:ミッドシップ
書籍『ナイフの刃先で』|デイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ 著 渡辺佐智江 訳
これを読んでいるのは若い方が多いのではないかと想像して、それならおすすめするべきはこの本かなと思いました。もちろん年齢問わず、混迷の時代に生きている皆さんにおすすめしたい一冊です。
著者のヴォイナロヴィッチはエイズ禍のアメリカでアーティストとして活動し、写真や絵画など様々な形で作品を残し、自身もエイズで亡くなりました。この本に書かれた彼の言葉を読むと、当時は死に直結するウィルスだったHIVを通して、政治の問題点があぶりだされた時期だったことがよく分かります。アメリカの覇権が揺らいでいるというか、その問題点があらわになるのを見せつけられているような気がする昨今、読むべきタイミングではないでしょうか。
この世界は「偽の道徳スクリーン」に映し出される「太陽を浴びた脳天気野郎と浜辺のビキニ娘を組み合わせた異性愛者」のためのものだと言い、死を前にして失うものは無く、自らの手、歯、すべての筋肉や血を武器に闘うのだと表明する、怒りに満ちた言葉たちに心が芯から震えます。怒りの表明に重要な意味があるのだと気付かされた読書体験でした。 —— 金井冬樹
『ナイフの刃先で』
1992年エイズの合併症により37歳の若さでこの世を去った路上の天才芸術家、デイヴィッド・ヴォイナロビッチ。死のフレームを通して悪性ウィルスに病むアメリカを切り取った真実の書。咆哮する言の葉、縦横無尽に走るイメージ。過剰なまでの感受性のエッジが不埒な良識を哄笑する。
※現在絶版 1995年/ダイエックス出版
熊谷充紘(twililight 店主)
三軒茶屋で本屋&ギャラリー&カフェ『twililight』を営む。出版社としても、小山田浩子『かえるはかえる』、きくちゆみこ『だめをだいじょぶにしていく日々だよ』、大崎清夏『私運転日記』などを刊行。本と出会う場を広げるべく、イベント企画や選書、執筆も行う。これまでに「SHIPS HAPPY HOLIDAYS」選書、渋谷PARCO「あいとあいまい」選書&出店、LUSH「BATHING & POETRY」選書&インタスレーションなど。屋上でぼんやりする時間が好き。
Instagram(@twililight_)(@kumagai_mistu)
書籍『生きる演技』|町屋良平 著
時間や情報に追われる社会や政治の理不尽の中で、心を麻痺させてやり繰りしている時、自分という軸がなくなって、他者の評価の中だけで生きている感覚になる。空気を読んで、演技をする。次第に、演技なのか自分の意志なのかわからなくなってきて、社会にあわせてうまく生きようと思う。でも、そこに生きている実感はあるだろうか。社会にあわせて手放したものが、いつか爆発してしまわないだろうか?
自分ってなんだろう?と考えることが大切だと思う。なぜ心を麻痺させる必要があったのか。どこに違和感を覚えたのか。世界は目に見えないものや偶然性に満ちているのに、無理矢理に因果関係を差し挟んだフィクションによって、わかった気になっていないか。聞こえのいい正しさに寄りかかっていないか。
自分や正しさや普通がよくわからなくて右往左往して前に進めない。その戸惑いが、暴力や、戦争への抑止力になるのではないか。
そういったことを、町屋良平さんの『生きる演技』に出てくるふたりの高校生・生崎と笹岡の心身を追いながら考える。「私」は一人でできているわけではないこと。「私」という存在は、他者の存在を認めることで初めて始まるのだということ。町屋さんの長篇小説は、いつも考える時間を与えてくれて、「私」を更新してくれます。 —— 熊谷充紘
『生きる演技』
本心を隠した元「天才」子役・生崎と、空気の読めない「炎上系」俳優・笹岡。性格は真逆だが、同じように親を憎み、家族を呪い、そして「家族を大事に」というこの国が許せない。互いの本音を演じあうふたりが、文化祭で演じた本気の舞台は、戦争の惨劇。芥川賞作家による圧巻の最高到達点。
2024年/河出書房新社
映画『夜明けのすべて』|三宅唱 監督
© 瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
瀬尾まいこさんの小説を映画化。映画化にあたり原作にはない設定が追加されており、そこに監督が大切にしている部分が見えてくるようでとても興味深いです。
たとえば追加されているのはグリーフケアの場面。突然亡くなった大切な人を悼む時間は、きっと他者への想像力や優しさを生む。だから、グリーフケアに参加している社長が経営する栗田科学の面々も、勤務中にパニック障害とPMS(月経前症候群)を発症する2人を、さりげなく気遣い、助け合うことができる。その環境が、主人公2人にとっても、自分だけではどうにもならない状況を、互いを知ることで、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになっていく。思い思いに在ればいいと思える。
小説と映画の違いは何より生身の人間が演技するということだと思いますが、演技ってなんだろう?とあらためて考えるくらい、俳優陣の演技が自然でした。町屋良平『生きる演技』で“自分を無理におもしろくしなくていい、ただ普通にそこに居ていいよ”って主人公が言い聞かせている状況を、この映画は実現している。あなたという存在に出会えたわたしがただそこに居るということ。エンドロールが終わって、ただ普通にそこに居ていいよって、映画に言ってもらった気がしたのは初めての経験でした。 —— 熊谷充紘
『夜明けのすべて』
PMS(月経前症候群)で人生と人間関係がうまくいかない藤沢さんと、パニック障害で順風満帆な人生を手放すことになった山添くんの「夜明け」までを描く。ふたりは親しくもない関係だったが、あるきっかけでそれぞれが抱えるものを知り――ささやかな、でも確かなつながりが照らす、かけがえのない物語。大ヒット公開中。
2024年製作/119分/日本
© 瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
配給 バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース
ユリ・アボ(編集者)
東京都出身。編集者・プロデューサーとして、企業広告やクリエイティブ制作に携わる傍ら、雑誌『IWAKAN Magazine』の創刊をきっかけにジェンダーについて発信する。ポッドキャスト番組『なんかIWAKAN!』配信や雑誌や文芸誌へのエッセイ寄稿など。
Instagram(@abokabo)
コミック『違国日記』|ヤマシタトモコ 著
「私はあなたではないので、共感はできないけども」と前置きされるたびに、寂しく、苛立ち、なんで分かろうとしてくれないの? と無性に情けなくなっていた。この作品は、「共感されないことは、寂しいこと」という強烈な固定観念がほぐされていくような処方箋だ。
物語は、分かり合えなさを前提に、孤独を愛する小説家の叔母・槙生(まきお)と天真爛漫な高校生の姪・朝(あさ)が同居を通じて、互いの違いにぶつかったり話し合ったりしながら、分かり合えないけども寄り添う姿を温かくかつ真摯に描く。周りの人々もそれぞれが異なる価値観を持っていて、それぞれの心の傷や社会への違和感を抱えながら、二人と交差していく。印象に残るシーンは数あれど、「じゅのさんって男? 女?」という朝の質問に「ジュノさんはジュノさん」「あの人は自分であるためにたたかってる人だから」と槙生が答えるシーンがとても好き。
共感が溢れる世の中で、共感は“優しさ”か、はたまた“易しさ”か。インスタントに共感することのたやすさに逃げず、目の前の相手に真摯に向き合うことの大切さに気づかせてくれる。 —— ユリ・アボ
『違国日記』
高代槙生(35)は姉夫婦の葬式で遺児の朝(15)が親戚間をたらい回しにされているのを見逃せず、勢いで引き取ることに。しかし翌日には我に返り、持ち前の人見知りが発動。対する朝は、人見知りもなく、“大人らしくない大人”・槙生との暮らしをもの珍しくも素直に受け止めていく。不器用人間と子犬のような姪がおくる年の差同居譚。
2017年/祥伝社
書籍『ビジネス・ゲーム 誰も教えてくれなかった女性の働き方』|ベティ・L・ハラガン 著 福沢恵子 水野谷悦子/共訳(光文社知恵の森文庫)
「ジェーン・スーさん絶賛!」の帯に惹かれて手に取った、目から鱗の貴重な指南書。ひたむきに頑張れば報われると思い込んでいた私は、読後に思わず「ユリイカ〜!」と叫んでしまった。
この本は、「ビジネスとはゲームである」と定義し、女性たちに向けて企業社会で生き抜くルール解説や秘訣を伝える。たとえば、二章の「会社とは軍隊である」では、男性はチームスポーツや与えられるおもちゃなど「軍隊的」な環境に慣れる一方で、女性は「女らしい」教育を受けるため、ルールに疎いまま成長することを解説する。本文中の「上司(上官)には、絶対に逆らわないこと」には、ぎょっとするかもしれないが、読み進めればその理由も解るだろう。男性化や組織への服従を強いてはいないのでご安心を。
と同時に、自分の中の折り合いがつかない違和感を露わにされるのも、この本の面白いところ。これが普遍のルールだとしてどうなの? このゲームを選択するの? ルールの存在に納得しながらも、読後の納得と違和感について誰かと話してみたくなる。ともかく、一所懸命に仕事をしてもなぜか報われないでいる人が、自分たちでキャリアは選択できるのだという確信を深めてもらえたら。 —— ユリ・アボ
『ビジネス・ゲーム 誰も教えてくれなかった女性の働き方』
「ビジネスとはゲームである」と定義し、女性が働くうえで、ゲームの基本ルールを知り、賢いプレーヤーとして目標にたどりつくために、日々の仕事のこなし方、お金についての考え方、人間関係ほか、企業社会で生き抜く秘訣を伝える。全米で100万部を超えるベストセラーとなった「働く女性のためのバイブル」。
2009年/光文社知恵の森文庫
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